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大阪地方裁判所 昭和57年(ワ)3901号 判決 1985年6月28日

原告

ジヤンヌ・ランバン・エス・アー

右訴訟代理人

田中克郎

柏倉栄一

家守昭光

天野正人

松尾栄蔵

被告

株式会社寿

被告

株式会社玉屋

右被告両名訴訟代理人

海老原茂

菊地一夫

兼子徹夫

主文

一  被告株式会社寿は原告に対し、金一一二万三四〇〇円及びこれに対する昭和五七年六月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社玉屋は原告に対し、金五二万九四八〇円及びこれに対する同年五月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、原告と被告株式会社寿との間に生じた分は二〇分して、その一を同被告会社の負担その余を原告の負担とし、原告と被告株式会社玉屋との間に生じた分は四〇分して、その一を同被告会社の負担その余を被告の負担とする。

五  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告株式会社寿(以下「被告寿」という。)は原告に対し、一三〇二万二五四〇円及びこれに対する昭和五七年六月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告株式会社玉屋(以下「被告玉屋」という。)は原告に対し、金一二八九万八二〇〇円及びこれに対する同年五月二九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被告らは、日本全国発刊の朝日、読売、毎日、日本経済の各新聞の朝刊に、各々一回別紙第一記載の内容の謝罪広告文を本判決確定後一週間以内に掲載せよ。

(四)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに(一)(二)項につき仮執行の宣言を求める。

2  被告ら

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

二  原告の請求原因

1  原告はフランス法人であり、別紙第二記載の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を有している。

原告は、昭和三七年頃から日本国内において近文商事株式会社(以下「近文商事」という。)を通じて、婦人服・紳士服に「トリプルJLマーク」と呼んでいる別紙第三記載の表示(以下「本件表示」という。)を付して販売するに至り、昭和五六年末当時、本件表示が高品質の原告商品であることを示す表示として用いられていることは日本国内において広く認識されるに至つていた。

2  被告らは、ブラウスの売上増大を図るため、原告が特にヨーロッパ及び日本で長年にわたり培つてきた著名なブランドイメージを利用しようと企て、被告寿は昭和五七年一月頃から本件表示と類似の表示を右ブラウス(以下「本件ブラウス」という。)に付して被告玉屋に卸売し、被告玉屋は本件ブラウスを消費者に小売した。被告らの右行為は、原告商品自体、原告の営業上の活動と混同を生ぜしめるものであり、又本件商標権を侵害するものである。

3  原告は被告らの行為によつて次のような損害を蒙つた。

(一)  被告寿の行為による損害一三〇二万二五四〇円

(1) 被告寿が得た利益相当分の損害二七万二五四〇円

被告寿は本件ブラウス四五二枚を被告玉屋外一六社に卸販売した。卸売価格は一枚当たり二二〇〇円から二六五〇円の間であり、その卸販売総額は一〇五万四五〇〇円であつて、一枚当たりの製作原価は一七三〇円、総額は七八万一九六〇円である。従つて、被告寿は本件ブラウスの卸販売により合計二七万二五四〇円の利益をあげ、原告は同額の損害を蒙つた(商標法三八条一項)。

(2) 慰藉料一〇〇〇万円

原告のブラウスの小売価格は一枚当たり七万二〇〇〇円前後であるのに、被告らは原告商品と誤認混同を来たす本件ブラウスを三九〇〇円という超安値で小売販売したため、一般消費者にランバンのブラウスが安売りされている印象を与え、そのため原告が長年の努力により培つてきた本件表示・商標の高級で優雅なイメージが著しく損なわれた。その慰藉料としては二〇〇〇万円(うち被告寿に係る分はその半額の一〇〇〇万円)が相当である。

(3) 弁護士費用二五〇万円

本件は不正競争防止法、商標法違反の有無に関する専門的な事件であり、法律の専門家である弁護士なしに当事者本人が遂行できる性質のものではない。ことに原告は外国法人であり、本人訴訟は不可能であるうえ、提出された書類の仏文への翻訳、英語及び仏語による原告と原告代理人との連絡に多大の労力と費用を要しており、弁護士報酬は四〇〇万円(うち被告寿に係る分はその半額の二〇〇万円)が相当である。

東京に在住する原告代理人は開廷日毎に大阪に赴き八〇万円の交通費を要したので、うち半額の四〇万円を被告寿に係る分として請求する。

弁護士会の報酬規定の最低額である一日当たり日当一万円に本件に要した開廷数二〇回を乗じた二〇万円中、うち半額の一〇万円を被告寿に係る分として請求する。

(4) 公認会計士報酬二五万円

被告らが提出した会計書類の整合性、真実性を確認し、被告らが得た利益額を算定するために、原告は公認会計士に会計調査を依頼し、同人に対し五〇万円を下らない報酬の支払を約したので、うち半額の二五万円を被告寿に係る分として請求する。

(二)  被告玉屋の行為による損害一二八九万八二〇〇円

(1) 被告玉屋が得た利益相当分の損害一四万八二〇〇円

被告玉屋は、被告寿より本件ブラウス九五枚を一枚当たり二三四〇円の価格で仕入れ、一枚当たり三九〇〇円の価格で小売販売して一四万八二〇〇円の利益をあげ、原告は同額の損害を蒙つた(商標法三八条一項)。

(2) 慰藉料一〇〇〇万円、弁護士費用二五〇万円、公認会計士報酬二五万円

その根拠は前記(一)の(2)ないし(4)記載のとおり。

4  よつて、原告は被告らに対し、主位的に不正競争防止法一条一項一号二号、一条ノ二第一項第三項に基づき、予備的に本件商標権(謝罪広告については商標法三九条、特許法一〇六条)に基づき、次の各裁判を求める。

(一)  損害賠償金(被告寿は一三〇二万二五四〇円、被告玉屋は一二八九万八二〇〇円)及びこれに対する訴状送達の翌日(被告寿は昭和五七年六月五日、被告玉屋は同年五月二九日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払。

(二)  前記一の1の(三)記載の謝罪広告の掲載。

三  請求原因に対する被告らの認否・反論

1  請求原因1項は不知、同2項3項は否認する。

2  被告寿の仕入担当者は、本件ブラウスの生地を生地屋から購入して仕立てたのであるが、その際本件表示・商標の類似については全く夢想だにせず、自社のオリジナルデザインで生地を縫製してブラウスに仕立てたうえ被告玉屋に卸販売した。被告らは本件表示・商標に只乗りしようなどという考えは全くなく、本件商品も被告寿のオリジナル商品として販売しており、原告商品との誤認混同を来すおそれは全くない。又、本件ブラウスは粗悪品ではなく、販路についても整備され限定されているので、原告の営業上の利益を害するおそれは全くない。

3  被告らは、本件ブラウスの襟ネームに「ジューン・ジャルダン」の商標を付して表示し、被告寿のオリジナル商品であることを明確ならしめ誤認混同を防止していた。本件ブラウスの生地にプリントされた図形文字は、単にそのプリントの装飾的効果のみを念頭においたものであつて、自社商品の識別を目的としたものではなく本来の商標の使用ではないから、本件商標権の侵害とはならない。

4  被告らには原告の主張する如き故意ないし過失がない。被告らは、原告の本訴提起と報道陣に対する発表により初めて事態を知り、大きな書店で調査して原告名を知つたのであり、しかも被告らの限られた業界からすれば、原告名を知らなくとも営業に何らの支障もなく、原告の名声やその商標等を知らないことは何ら過失ではない。

5  原告には被告らの行為による売上の減少も収入減もない。原告は近文商事に総代理権を与えており、その下で日本国内の各メーカーに本件表示・商標の再実施を許諾しているが、これらの実施契約、再実施契約はロイヤリティーのミニマム支払保証条項を含み、たとえ日本国内の売上額が低下しようが原告は常に一定額以上の支払を受けられるように約定されている。それ故、日本国内において本件表示・商標についてどのような事件が惹き起こされても原告の収入減とはならないので、原告には本件ブラウスの製作販売により損害は発生していない。

6  本件の如き事案においては、原告は、被告らに対して警告文を送付すればその目的を容易に達しえたにも拘わらず、敢えて事実に相違する請求原因を主張して被告らに対し義務なきことの履行を強要しており、かかる原告の訴訟遂行は権利の濫用として許されないものである。

7  原告主張の公認会計士に対する調査費や弁護士費用についても請求しえないものである。原告は、調査費や弁護士費用も現在まで全くその支払をした形跡がなく、将来においてもその支払をする考えはないものと推定され、しかも右調査費や弁護士費用は権利主張のため必要やむを得ないものとは認められない。

8  被告寿が本件ブラウスを被告玉屋に販売したのは昭和五六年一一月一六日の一回だけであり、その数量は九五枚で、そのうち一二枚は後日返品された。それ故、被告寿が被告玉屋に卸販売し、被告玉屋が一般消費者に小売した本件ブラウスは八三枚にすぎず、被告寿の一枚当たりの卸売価格二三四〇円、卸売代金合計一九万四二二〇円であり、被告玉屋の一枚当たりの小売価格三九〇〇円、小売代金合計三二万三七〇〇円であつた。被告らの本件ブラウスの製作販売による荒利益は、被告寿は一枚当たり六一〇円で合計五万〇六三〇円であり、被告玉屋は一枚当たり一五六〇円で合計一二万九四八〇円である。

9  原告は、本訴提起直後に朝日、毎日、読売、日本経済、サンケイ等の各新聞記者を集めて記者会見をし、被告らが本件表示・商標を故意に使用してブラウスを製作し、これを被告玉屋を通じて販売総額三九〇〇万円を売上げ、少なくとも一三〇〇万円の利益をあげた旨虚偽の事実を新聞記者に陳述し、かつこれを流布させた。

右虚偽の事実が新聞に報道されたために、被告らはテレビ会社、業界紙、興信所、販売得意先、材料仕入先、取引銀行、税務当局から右報道の真偽につき問合せを受け、その対応に労力と時間とを徒費させられた。

更に昭和五七年六月以降においては、右マスコミによる報道のため、生地の仕入及び製品の販売につき被告らに信用不安ありとされて取引を制限される事態が発生し、被告らは売上減少を余儀なくされると共に甚しく信用を失墜し、かつ多大の精神的損害を蒙むり、これにより発生した損害は各々一〇〇〇万円を下らない。

原告の前記行為は、不正競争防止法一条一項六号所定の不正競争行為に該当し、又同時に民法七〇九条所定の不法行為にも該当するので、被告らは、仮に原告の本訴請求がその一部でも理由があるとすれば、被告らが原告に対して有する各一〇〇〇万円の損害賠償請求権を自働債権とし、原告が被告らに対して有する各本訴請求権を受働債権として、その対当額において相殺の意思表示をする。

四  抗弁に対する原告の認否

権利濫用の抗弁、相殺の抗弁はいずれも否認する。

五  証拠<省略>

理由

一被告らの不正競争行為について

<証拠>によれば次の事実が認められる。

1  原告は日本国内でも著名な世界有数のファッション製品メーカーたるフランス法人であり、被告寿は繊維製品の製作販売等を目的とする会社、被告玉屋は婦人服、婦人用品、服飾雑貨の販売等を目的とする会社である。

2  原告は、昭和三六年近文商事との間で日本国内での総代理店契約を締結し、「LANVIN」及び「ランバン」や本件表示を付した婦人・紳士衣類品や雑貨類全般を近文商事を通じて日本へ輸出販売し、更に近文商事との間でライセンス契約を締結して、近文商事が日本国内のメーカーにサブライセンス権を与えて、サブライセンシーが「LANVIN」及び「ランバン」や本件表示を付した婦人・紳士衣料品や雑貨類全般を製作販売することを許諾した。

3 原告自ら製作して近文商事を通じて日本へ輸出販売している婦人・紳士衣料品、雑貨類や、原告のサブライセンシーが日本国内で製作販売している婦人・紳士衣料品、雑貨類には、本件表示が図柄模様として連続して付されているものやワンポイント的に付されているものも多いため、本件表示は、原告商品あるいは原告のサブライセンシーの商品に付された表示として、日本国内の取引業者、一般消費者の間で昭和五六年以前から広く認識されていた。

4 被告寿は、昭和五六年一〇月二一日飛光株式会社から本件表示と酷似した表示が図柄模様として連続して付された生地を購入し、外注先の田中センイ株式会社に右生地を縫製加工させて本件ブラウス四五二枚を製作し、昭和五六年一〇月三〇日から昭和五七年二月二七日までの間に被告玉屋外一六社に対して本件ブラウス四四三枚を卸販売した。被告玉屋は、昭和五六年一一月一六日被告寿から本件ブラウス九五枚を仕入れ、八三枚を一般消費者に小売し一二枚を被告寿に返品した。

右事実によれば、本件ブラウスは、本件表示と酷似した表示が図柄模様として連続して付された生地を縫製して製作されたものであり、本件表示は原告商品あるいは原告のサブライセンシーの商品に付された表示として日本国内の取引業者、一般消費者の間で広く認識されているのであるから、被告らが本件ブラウスを製作販売したことにより、本件ブラウスが原告商品であるかのような、あるいは本件ブラウスの製作販売が原告の営業活動(ライセンス事業)の一環であるかのような誤認混同が生じ、これにより原告は営業上の利益を害せられて損害を蒙つたことが認められる。

被告らは、本件ブラウスの襟ネームには「ジューン・ジャルダン」の商標が付されており、被告寿のオリジナル商品であることを明確ならしめ誤認混同を防止してきたと主張する。しかし、前掲各証拠によれば、原告自ら本件表示が図柄模様として連続して付された生地を縫製して製作したブラウスを日本へ輸出販売しているほか、原告や原告のサブライセンシーが日本国内で販売している婦人・紳士衣料品や雑貨類には、本件表示が図柄模様として連続して付されているものやワンポイント的に付されているものも多く、本件表示は一般消費者の間で原告や原告のサブライセンシーの商品を示す極めて著名な標章となつていることに照らせば、本件ブラウスの襟ネームに「ジューン・ジャルダン」の商標が付されていても、本件ブラウスが原告商品あるいは原告のサブライセンシーの商品であるかのような混同を生じることは十分に認められる。

二原告の損害賠償、謝罪広告の請求について

1  被告らの得た利益相当分の損害賠償請求について

<証拠>によれば、被告らは本件ブラウスを製作販売したことにより、次のとおり被告寿は二二万三四〇〇円、被告玉屋は一二万九四八〇円の利益を得たことが認められる。

(一)  被告寿二二万三四〇〇円

(1) 本件ブラウス四五二枚の製作原価合計七八万一九六〇円(一枚当たりの製作原価一七三〇円)。

(2) 本件ブラウス四四三枚(後日被告玉屋から返品を受けた一二枚を含む)の卸販売価額合計一〇三万三四四〇円。

〔一枚当たりの卸売価格二六五〇円の分が三枚、同二四五〇円の分が一枚、同二三四〇円の分が三七一枚、同二三〇〇円の分が四三枚、同二二五〇円の分が二〇枚、同二二〇〇円の分が五枚〕

(3) 被告玉屋から本件ブラウス一二枚の返品を受けた返品額合計二万八〇八〇円(被告玉屋に対する卸売価格は一枚二三四〇円)。

(4) 本件ブラウス四三一枚の卸販売による利益合計二二万三四〇〇円(前記(2)−(1)−(3))。

(二)  被告玉屋一二万九四八〇円

(1) 本件ブラウス九五枚の仕入額合計二二万二三〇〇円(一枚当たりの仕入価格二三四〇円)。

(2) 本件ブラウス八三枚の小売額合計三二万三七〇〇円(一枚当たりの小売価格三九〇〇円)。

(3) 本件ブラウス一二枚の返品額合計二万八〇八〇円(一枚当たりの返品価格二三四〇円)。

(4) 本件ブラウス八三枚の小売販売による利益合計一二万九四八〇円(前記(2)−(1)+(3))。

<証拠>によれば、本件表示は、原告の永年にわたる営業努力により日本国内の取引業者、一般消費者の間で広く認識され、高級品質イメージ、高級ファッションイメージを有する強力な顧客吸引力を有する著名標章であるが、本件ブラウスの生地には本件表示と酷似した表示が図柄模様として連続して付されているため、本件ブラウスを購入した一般消費者のなかには、本件ブラウスが原告商品あるいは少なくとも原告のサブライセンシーの商品であると誤認混同して購入した者もいたと考えられるし、又逆に、真正の原告商品たる婦人用ブラウスの販売価格が約五万円代から七万円代程度であるのが一般的であるのに対し、本件ブラウスが一枚当たりわずか三九〇〇円(被告寿は小売業者に対し、本件ブラウスの小売価格を一枚当たり三九〇〇円と指定して卸販売していた。)の安い価格で四三一枚(うち被告玉屋の小売分八三枚)もの多数が販売されたことにより、原告商品や原告のサブライセンシーの商品に対して消費者が抱いていた高級品質イメージ、高級フアッションイメージが著しく損なわれ、原告商品や原告のサブライセンシーの商品を買控えるに至つた消費者もいたであろうことは容易に推測しうるところである。以上によれば、もし被告らの本件ブラウスの製作販売行為がなければ、原告や原告のサブライセンシーがその頃日本国内で実際に販売したよりも更に多くの商品を販売でき、原告は、実際に原告商品を販売してあげた利益やライセンシーの近文商事から受取つたロイヤリティー収入よりも更に多くの利益・収入を得て、被告らが得た利益額程度の利益は更にあげ得た筈であると推認することができる。そうだとすると、原告は、被告らの不正競争行為(後記2の認定によれば少なくとも被告らには重大な過失があつた。)により、被告らが得た利益と同額の損害を蒙つたことが認められる。

被告らは、原告と近文商事、日本国内の各メーカーとの間の実施契約、再実施契約にはロイヤリティーのミニマム支払保証条項を含み、たとえ日本国内の売上額が低下しようが原告は常に一定額以上の支払を受けられるように約定されており、原告には本件ブラウスの製作販売により損害は発生していないと主張する。しかし、原告自ら製作して近文商事を通じて日本へ輸出販売している商品については、被告ら指摘のロイヤリティーのミニマム支払保証条項は何ら関係がないし、又原告のサブライセンシーが製作販売する商品についても、右サブライセンシーが近文商事を通じて原告に支払うロイヤリティーの金額が、常に最低保証料(ミニマムギヤランティー)を越えていなかつたことについての立証がない以上、原告には本件ブラウスの製作販売により損害(ロイヤリティー収入の減少)が発生していないとは認められない。

2  慰藉料請求について

<証拠>によれば、原告は、日本国内でも著名な世界有数のファッション製品メーカーであり、本件表示に対して一般消費者が抱いている高級品質イメージ、高級ファッションイメージを保持し更に向上させていくために、毎年雑誌、ダイレクトメール、ファッションショー等による宣伝を行い多額の費用を投入しているうえ、サブライセンシーの製作する商品についても品質管理、デザイン管理には細心の注意を払い、予め試作の段階で商品を原告に提出させて承諾した後でなければ商品の製作販売を行つてはならない旨、サブライセンシーに対する指導を徹底していることが認められる。しかるに、原告商品や原告のサブライセンシーの商品と紛らわしい本件ブラウスが、前記のとおり一着当たりわずか三九〇〇円の安い価格でしかも四三一枚(うち被告玉屋の小売分八三枚)もの多数が販売されたことにより、原告商品や原告のサブライセンシーの商品に対して消費者が抱いていた高級ファッションイメージ、高級品質イメージが著しく損なわれたことが認められる。

<証拠>によれば、原告は被告寿から本件ブラウスの製作販売に関する帳簿類の開示を受けた際、フランス、西ドイツに本店を有する世界的に著名なファッション製品メーカーである「エルメス」「エレガンス」の文言が記載された裁断明細加工伝票数点を発見したこと、右加工伝票は被告寿のデザイン担当者がその外注先に縫製を依頼した際作成した書面であり、その品名欄に記載された「エルメス」や「エレガンス」なる文字は、デザイン担当者が、その使用する生地には「エルメス」「エレガンス」の製品に付されている表示と酷似した表示が付されているので、その印象を記載したものであることが認められる。そうだとすると、被告寿は、世界的に著名なファッション製品メーカーである「エルメス」「エレガンス」の製品に付されている表示と酷似した表示が付された生地であることを十分に承知しながら、故意に右生地を素材にして縫製した衣料品を製作販売していたことが認められるので、本件ブラウスについても、本件ブラウスの生地には本件表示と酷似した表示が図柄模様として連続して付されており、本件ブラウスが原告商品あるいは少なくとも原告のサブライセンシーの商品と混同されるおそれのあることを十分に承知のうえで、故意に本件ブラウスを製作販売したものと認められてもやむを得ないところである。又、被告玉屋は、婦人服、婦人用品、服飾雑貨の販売等を目的とする会社であるから、欧米の著名なファッション製品メーカーの有名ブランドや意匠・表示については十分な知識を有すると認められるところ、<証拠>によれば、被告玉屋は、昭和五六年から昭和五七年にかけて、ランバン(原告)、クリスチャン・ディオール、シャネル、セリーヌの製品に付されている表示と紛らわしい表示が図柄模様として連続して付されたブラウスを多数販売しており、被告玉屋についても著名表示に只乗りしようとの故意があつたと認定されてもやむを得ないところである。

以上の諸点に鑑みれば、原告が本訴を提起した翌日の昭和五七年五月二八日付の朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、日本経済新聞、サンケイ新聞等に、被告らが原告商品と紛らわしい本件ブラウスを製作販売したことにより原告が損害を蒙つたとして、当裁判所へ本訴が提起された旨の記事が大きく掲載されたことから、右新聞報道により被告らはある程度の社会的制裁を受け原告の信用も相当程度回復されたことを考慮にいれても、被告らの不正競争行為により原告の信用や名誉が毀損されたことに対する慰藉料として、被告寿は七〇万円、被告玉屋は三〇万円の支払義務を免れないものというべきである。

3  謝罪広告の請求について

以上によれば、原告は、被告らの不正競争行為による免(ママ)失利益の賠償として合計三五万二八八〇円、慰藉料として合計一〇〇万円の請求が認められるうえ、前述の新聞報道により被告らはある程度の社会的制裁を受け原告の信用も相当程度回復されたのであるから、被告らに対して更に謝罪広告まで命じるのは相当でないと認める。

4  弁護士費用の請求について

本訴は不正競争防止法、商標法に基づく損害賠償等請求事件であり、特殊な分野の法律問題を含む事件であるうえ、原告は外国法人であるから本人訴訟が不可能であり、法律専門家たる弁護士に依頼しなければ解決が困難な事案であること、原告と原告代理人との連絡についても、提出された書類の翻訳や電話・テレックス等による通信に多大の労力と費用を要すること、本訴での認容額(被告寿につき九二万三四〇〇円、被告玉屋につき四二万九四八〇円)、その他諸般の事情を考慮すれば、原告が代理人に支払う弁護士費用のうち三〇万円(その内訳は被告寿が二〇万円で被告玉屋が一〇万円)については、被告らの不正競争行為と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。

原告は被告らに対して、原告代理人の交通費合計八〇万円、日当合計二〇万円を請求している。しかし、右交通費や日当は、原告の都合で当庁所在地外に在住する訴訟代理人を選任したために要した費用であるから、これを被告らの不正競争行為と相当因果関係にある損害と認めることはできない。

5  公認会計士報酬の請求について

<証拠>によれば、原告が本件ブラウスに関する商業帳簿の文書提出命令を申立てたので、被告寿は、右商業帳簿を任意開示することとし、昭和五八年三月二六日被告寿の本店において、右商業帳簿を原告代理人らに任意開示してそのコピーを交付したこと、甲第四五号証の調査報告書に添付されている証拠資料AないしCは、原告が前同日被告寿から交付を受けた関係書類のコピーであるが、右証拠資料によれば、被告寿の本件ブラウスに関する製作原価、製作数量、卸売価格、卸売数量、被告玉屋の本件ブラウスに関する仕入価格、仕入数量を把握しうること、そして、それには公認会計士等専門家の調査によることの方が能率的ではあつたと思われるが、必ずしも右専門家によらなければこれを把握し得ないものではないことが認められる。

そうだとすると、原告が、右調査を吉田元亮公認会計士に依頼した費用は、被告らの本件ブラウスの製作販売による利益額の立証上欠くことのできない費用であつたとまでは認められないから、原告が同公認会計士に支払を約した報酬については、被告らの不正競争行為と相当因果関係にある損害とは認められない。

6  権利濫用の抗弁について

被告らは原告の訴訟遂行は権利の濫用として許されない旨主張するが、前記一、二の1、2、4の認定・判断、殊に被告らは故意に不正競争行為を行つたものと認定されてもやむを得ないところであり、原告は被告らの不正競争行為により前認定のような損害を蒙つたことに照らせば、原告の本訴請求が権利の濫用として許されないものとは到底認められない。

7  本件商標権に基づく請求について

原告は損害賠償、謝罪広告を本件商標権に基づいても請求しているが、仮に本件ブラウスの製作販売が本件商標権を侵害するとしても、原告が前述の不正競争行為を理由とする認容額(被告寿につき一一二万三四〇〇円、被告玉屋につき五二万九四八〇円)以上の損害を蒙つたものとは認められず、又被告らに対して謝罪広告を命じるのも相当でない。

三被告らの相殺の抗弁について

被告らは、原告が虚偽の事実を新聞記者に陳述して流布させたことにより各々一〇〇〇万円の損害を蒙つたが、原告の右行為は不正競争防止法一条一項六号所定の不正競争行為に該当し、又同時に民法七〇九条所定の不法行為にも該当するとして、被告らが原告に対して有する右各一〇〇〇万円の損害賠償請求権を自働債権とし、原告が被告らに対して有する各本訴請求権を受働債権として、その対当額において相殺する旨主張する。

しかし、原告が被告らに対して有する債権は不正競争防止法一条一項一号二号、一条ノ二第一項に基づく損害賠償債権であり、このような不正競争防止法に基づく損害賠償債権も民法五〇九条所定の「不法行為ニ因リテ生ジタル」債権と解すべきであり、又自働債権、受働債権ともに不法行為により生じた場合についても、民法五〇九条所定の相殺禁止規定を適用して相殺は許されないものと解すべきであるから(大判昭三・一〇・一三民集七・七八〇、最判昭三二・四・三〇民集一一・四・六四六、最判昭四九・六・二八民集二八・五・六六六)、被告らの相殺の抗弁は主張自体が失当である。

四結論

以上の認定・判断によれば、不正競争防止法一条一項一号二号、一条ノ二第一項により、被告寿は、損害賠償金一一二万三四〇〇円及びこれに対する昭和五七年六月五日(訴状送達の翌日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金、被告玉屋は、損害賠償金五二万九四八〇円及びこれに対する同年五月二九日(訴状送達の翌日)から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、原告の本訴請求は右の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないので棄却することとして、民訴法八九条、九〇条、九二条本文、九三条一項但書、一九六条一項を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(潮 久郎 紙浦健二 徳永幸藏)

第一 謝罪広告<省略>

第二 登録商標

登録番号 第一三七二九四四号

出願日 昭和四九年七月四日

公告日 昭和五三年四月二〇日

登録日 昭和五四年二月二七日

指定商品 第一七類被服(運動用特殊被服を除く)、布製身回品(他の類に属するものを除く)、寝具類(寝台を除く)

登録商標 別紙第三記載のとおり

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